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「人生100年時代」といわれる昨今、にわかに注目が高まっている健康概念が「フレイル」です。今回は、健康寿命を延ばすカギになるフレイル対策について、熊本赤十字病院 総合内科・総合診療科 副部長の加島雅之先生にお伺いしました。
フレイルの兆候を知り、早い段階で気づけるように!
「『フレイル』とは、虚弱を意味する『frailty(フレイルティ)』に由来する言葉で、心身の活力が低下して要介護の一歩手前まできている状態を指します。体力面に限らず、精神面や社会的な虚弱性も含めた総合的なものであり、さまざまな病気になりやすい状態なります。また、病気とフレイルが合併すると非常に予後が悪いといったこともわかってきました」と加島先生。
多くの高齢者は、健常な状態からフレイルの時期を経て要介護に進むと考えられるため、フレイルについての知識を持つこと、そして早い段階でその兆候に気づき、積極的に対応していくことがとても重要です。早い段階で適切な対応をとることによって要介護に至るのを防ぎ、健康寿命を延ばすことができるのです。
ここで加島先生にお願いして、最初に気がつきやすいフレイルの兆候を3つ教えていただきました。
歩行能力の低下
横断歩道を渡るスピードが落ちた(途中で信号が変わる、以前のように余裕をもって渡れなくなった…)、家族や友人の歩くペースについていけなくなった、休み休みでなければ歩けなくなった、というような歩行時の変化に注意しましょう。
気力の低下
やる気や根気がなくなるのは、精神的フレイルの特徴。以前に比べて一つのことをやり続けることができなくなったと感じる場合は、体力的に問題がなくても注意が必要です。
体重の減少
3カ月以内に2~3kg程度体重の減少があったときは要注意。体重はさほど変わっていなくても、食が細くなってきた場合もフレイルが疑われる状態です。
心身の虚弱を改善するフレイル向きの漢方薬とは?
もしもフレイルの兆候に気づいたなら、すぐに対策を取る必要があります。早い段階の適切な対応に漢方が活用できるそうです。
加島先生いわく「対策の一つとして漢方は有効な手段」だそうです。「中でも、12種類の生薬で構成される『人参養栄湯(にんじんようえいとう)』は、気血を補うことで弱った身体に活力を与えるとともに、意識を活性化する効果が期待でき、フレイル状態の改善に適している漢方薬と考えています」。そして「同様の効能を持つ漢方薬に『十全大補湯』がありますが、比較すると、胃腸への負担が少なく、老化による呼吸器症状の改善も期待できるのが特徴です。」
加島先生が臨床で『人参養栄湯』を用いた際の印象は、「意欲の低下、老衰時の呼吸困難感に対して手応えがある」とのこと。そして「『人参養栄湯』は、日本はもちろん、中国や韓国でも長く使われてきた歴史的に有名な処方の一つです。似通った処方がある中で精選され、残ってきたということは、人々が効果を認めていた証です。」
さらには、中国では昔から「大病後などに髪が抜けてしまった状況を改善するのに『人参養栄湯』を用いることがあります」と興味深いお話も。「髪は、漢方では『血余』といいます。その名の通り「血の余り」という意味で、つまり血が良いと髪の毛が十分生えて、色艶も良いのです」との事でした。
はじめて『人参養栄湯』という名前を聞いた際に「養栄?栄養ではないの?」と不思議に思った方も多いのではないでしょうか。
「養栄」とは「栄を養う」という意味で、「栄養」の語源に近い言葉です。では「栄」とは何かといえば、「営気(栄気)」という気の一種で、「血の中にあり、栄養を供給して活動を支えるもの」。『人参養栄湯』は、人参を主薬とし、血の働きによって栄養状態の改善効果が期待できる処方であることから、この名がつけられているのです。
また、『人参養栄湯』のほかにも、漢方薬の中にはフレイル状態を改善する処方があり、先生は患者さんの状態を見て使い分けている」そうです。ここでは代表的な2つの漢方薬を紹介してくださいました。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
体力低下、疲労倦怠が強い場合に用いる処方として有名です。『人参養栄湯』が気血を補うのに対し、こちらは気を補う薬です。
加味帰脾湯(かみきひとう)
虚弱性に伴って、精神面での不安感が強いときに用いる処方です。気血を補う点では人参養栄湯と同じですが、不眠、不安、焦燥感といった精神の症状改善に向いています。
一口にフレイルといっても、弱っている概念は人それぞれ。症状に合わせて使い分けることで、より適切な効果が期待できるので、気になる症状がある方は医師や薬剤師に相談してみることをおすすめします。
西洋医学にはフレイルの薬は存在しない!?
このように漢方には、フレイルに対応できる薬がいくつかありますが、西洋医学にはそういった薬は存在していません。その理由について加島先生に聞いてみました。
「病気を個々に治療するのが西洋医学です。フレイルそのものは病気ではなく症状が集積した状態であるため、“フレイルの薬”といった類のものは存在しないでのす」
「一方で漢方には、虚弱化していく状態を捉えて方法論を確立してきた歴史があります。
そもそも漢方は実学的なものであり、臨床の必要性に応じて生み出されてきたもの。虚証という言葉もあるように、“身体に必要な何かが不足して、弱っていく”という概念があり、いろいろな対応法を考える中でさまざまな薬が開発されてきました。」
東洋医学には、西洋医学で補えないところに手が届くケースも多々あり、併用によるメリットは大きいというのが加島先生の考えです。「漢方薬の併用により症状の改善効果が高まったり、結果として薬の減量につながったりといったことを、これまでも数多く経験してきました。」
漢方というと「じわじわ穏やかに効いてくる」というイメージをもっていませんか? 間違いではありませんが…すべてがそうではないのです。
その昔、高価な漢方薬を使えたのは権力、財力のある王侯貴族に限られていました。こういった方々は、いわば究極のクレーマー。治療が失敗したら「殺してしまえ!」となりかねないため、「まずは3年」などと悠長な話では許されません。即効性はクリアしなければならないミッションだったのです。
ですから、即効性を発揮する漢方薬はありますし、使い方によって即効性が期待できたりもします。人参養栄湯は、フレイルとは縁遠い若い世代の疲労倦怠などにも効果が期待できます。
寝たきり、要介護にならないための“転ばぬ先の杖”
「近年の高齢者は、健康な人とフレイル状況にある人との二極化が進んでいる」というのが、日々高齢の患者の方々と接している先生の見解です。「とても元気で社会的な活動も豊富な方と、たくさんの持病を抱えて弱ってしまった方が両極端に分かれてきています」。そして「中高年の頃から生活環境をコントロールして、その後も体に留意している人たちは元気なケースが多いように思います」と続けます。
年齢を重ねれば、誰でも体力、気力は衰えるもの。けれども、全員がフレイルになり、寝たきりになるわけではありません。やはり意識と対策次第なのです。フレイルが進行する前に、兆候が表れた初期段階で適切に対応していくこと。それこそが、介護を受けたり、寝たきりにならずに、いきいきと人生を全うするための“転ばぬ先の杖”になっていくのです。
この記事で語っていただいた先生 |
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