前回は、病気の治療には何を優先するかなどについて説明をしました。今回は正気と邪気の関係について説明をします。
漢方の治療内容のひとつに扶正袪邪(ふせいきょじゃ)という考えがあります。病気の発生もしくは進行する原因は、正気と邪気の戦いであるという考えです。「扶正袪邪」の「扶正」は正気の働きを助けるもので、「袪邪」は病気の原因を除去するものです。
扶正袪邪(ふせいきょじゃ)とは
「扶正袪邪」とは、正気の働きを助けることによってその人が元から持っている体質を維持することにより、体の自然治癒力もしくは抵抗力を身につけることを意味しています。
「扶正(ふせい)」とは
正気を扶助することをいいます。正気の働きを助け、体質を強化することにより邪気が体に侵入することを防ぐという意味です。正気の働きを維持するためには、バランスのよい食事、適度な運動、睡眠など適度に体を休めることが大切だと考えます。正気を助けるには、鍼灸・気功・太極拳など体を治療するものや鍛えるものも含まれます。
病気になるかどうかは、正気と邪気の戦いによるものだと考えています。
病気は、正気が不足し邪気が盛んになることで起こります。正気は、気虚・血虚・陰虚・陽虚など虚証の症状に使われ、気虚なら補気(気を補う)をする、血虚は補血(血を補う)をする、陰虚は滋陰(潤いを与える)する、陽虚なら補陽(温める力を補う)するといったように、それぞれの虚証の状態に合わせて治療を行います。
「袪邪(きょじゃ)」とは
「袪邪」は病気になる邪気を除去することをいいます。病気になる原因は、六淫や七情、不内外因、病理的産物などがあります。六淫は6つの邪気のことをいい、風邪(ふうじゃ)・暑邪(しょじゃ)・火邪(かじゃ)・湿邪(しつじゃ)・燥邪(そうじゃ)・寒邪(かんじゃ)があります。どの邪も体の外から侵入する邪気で季節や気温などが体に影響を与えます。
七情は、喜・怒・思・悲・憂・驚・恐があり、人間が起こす7つの感情のことをいいます。
不内外因は、食べ過ぎ・飲み過ぎなどの飲食や、働きすぎ・性生活の過多・運動不足などの労逸があります。
「袪邪」による具体的な治療法は、数多くあり、一人ひとりの体質に合わせておこなうため、同じ症状でもまったく同じ治療をおこなうことはほぼありません。これを漢方では、同病異治(どうびょういち)といいます。
よく利用される治療法
漢方でよく使われる治療法には治法八法(ちほうはっぽう)があります。治法八法には、つぎのようなものがあります。
- ・汗法
発汗することにより、体の表面の邪気を侵入させることを防ぐ方法です。 - ・吐法
吐き気を促すことにより、体の邪気をとりのぞく方法です。食中毒など体の中に有害な物質が入ったときに使われます。吐き気を催す食材や漢方薬を利用します。 - ・下法
排便または排尿することにより邪気をとりのぞく方法です。便秘を改善させる、または利尿作用のある食材や漢方薬を利用します。 - ・和法
病気の原因にあるものを調和(体を元の状態に戻す)ことにより、邪気をとりのぞく方法です。 - ・温法
温めることにより、陽気不足を補い、寒邪をとりのぞく方法です。体を温める食材や漢方薬を利用します。 - ・清法
寒性または涼性の食材や漢方薬で熱を冷ます方法です。 - ・消法
気血水が滞ったことによって起こる邪気をとりのぞく方法です。瘀血・水滞・気滞などを改善します。 - ・補法
体の中で不足している場所を補う方法です。補気(気を補う)・補血(血を補う)・補陰(乾燥を補う)などがあります。
袪邪の治療法
「袪邪」の治療法は数多くあるため、ここではよく使われる方法を説明しています。
- ・辛温解表(しんおんげひょう)
寒邪・湿邪などによる邪気でおこる病気の治療に利用されます。体を温め、邪気を体から発散させます。 - ・清熱解毒(せいねつげどく)
熱のある邪気で起こる病気の治療に利用されます。高熱・腫れ・炎症などに作用があります。 - ・活血化瘀(かっけつかお)
体の中の血の流れをよくし、滞っている場所を改善するために利用されます。肩こり、冷えのぼせが起こる瘀血タイプの方に向いています。
扶正と袪邪を兼用する方法
体の中に正気が不足している場合、正気を助ける作用のある食材や漢方薬を利用します。ただし、正気を助けるだけでは邪気が体内に残るため、邪気をのぞく食材や漢方薬を使う場合があります。これを「扶正と袪邪」を兼用すると考えます。
正気を助ける治療をおこなっても邪気が留まることなく、邪気を出しても正気を傷つけない場合に利用します。
この方法で注意する点は、「袪邪」をどこまで治療するかといったことです。「袪邪」を抑えてしまうと、長い間邪気が体の中にとどまってしまうため、正気を傷つけてしまいます。
扶正と袪邪を同時に利用する場合の順番
「扶正と袪邪」を両方利用する場合は、先に「袪邪」をしたあと「扶正」をする方法と、「扶正」をしたあと「袪邪」をする方法があります。これは、正気の状態や邪気の勢いなどによって使い分けます。
袪邪後扶正
正気は邪気との戦いに余力がある場合、もしくは正気を補うことで邪気の働きを助ける可能性がある場合に利用する方法です。邪気をとりのぞいた後、すぐに正気をおぎないます。
例えば、熱による高熱やのどの痛みは熱を改善しないかぎり、元の状態には戻りません。そのため、清熱解毒の方法により、先に熱を冷まし、炎症などを沈めます。その後、必要なら不足している気や血などを漢方薬などで補います。
扶正後袪邪
正気が不足していて邪気が強い場合に利用する方法です。正気が不足している場合は、邪気との戦いに耐えられないため、邪気と戦うとさらに正気が傷ついてしまいます。この場合は、正気を補ったあと邪気をとりのぞく方法を利用します。
例えば、感染病にかかり正気が不足している場合、邪気(感染力)が強いため戦う力がありません。もちろん、命に関わる症状がある場合は袪邪を優先します。感染症と戦うためには、日頃から体を守る力を強化しておくことが大切です。例えば、正気を整えるためには、脾(胃腸)を整えることが最も大切だと考えています。偏った食事を続けていると、弱い邪気にも体が反応してしまうことがあります。