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「長生きをして、人生を楽しみたい・・」「寝たきりになりたくない・・」と、誰もが願う元気で過ごせる老後。つまり、健康長寿を寿命までどれだけ近づけられるか、その鍵として、いま注目を集めているキーワードが「フレイル対策」。フレイルとは、虚弱を意味し、加齢により筋力や食欲が落ち、ココロとカラダの活力が低下した状態。寝たきりや要介護を防ぐには早い段階でこの「フレイル」に気づき、対策することが大切です。厚生労働省は、2018年度よりフレイル対策事業を本格的にスタートさせると決定しています。
今回は、健康寿命を延ばす取り組みやフレイルについて、また、フレイル対策の現状について、鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 心身内科学分野 教授、乾 明夫先生にお伺いました。
平均寿命と健康寿命には、約10年の差が!
2017年7月27日に厚生労働省から公表された「2016年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は、男性80.98年、女性87.14年と、いずれも過去最高を更新しました。数字だけを見ると、長寿国日本は健在ですね。しかしながら、手放しでは喜べない現実が隠れているのをご存知ですか?
実は、平均寿命と、元気に過ごすことのできる「健康上に問題なく日常生活が送れる期間」とされる健康寿命の 間には、男性で約9年、女性で約13年の差があるという調査結果が出ています。※ 仮に85歳まで生きるとしたら、75歳から寝たきりや要介護に…!? 人生の最終段階をそんな形で迎える可能性が誰にもあることをデータは訴えているのです。
※厚生労働省が主導する「健康日本21」2015年版より
乾先生はおっしゃいます。「死ぬ前の10年間を寝たきり、或いはそれに近い状態で過ごす。それはあまりにも長いです。食べて、動けて、いろいろな楽しみを味わえたり、社会的な活動ができたり…人間が人間らしく生きるためにはとても重要なことだと思います。高齢化社会が加速する中、いかに健康寿命を延ばすかは喫緊の課題といえるでしょう」と。
そのお考えには、先生ご自身の経験も深く関わっているそうです。
「私の両親は、ともに90歳を超えて長生きでした。ですが、母は骨粗鬆症で非常に痛みを訴えていて、亡くなるまでの長い期間、健康とはいえませんでした。父もがんに罹るなどして大変だったと思うのですが、長患いで健康寿命が短かったのは母の方でした」。
健康寿命を縮める「フレイル」を知り、予防すること
では、どうすれば良いのでしょうか。寿命と健康寿命の差を縮める、つまり健康寿命を延ばし、寝たきりや要介護状態でいる期間を減らすために、昨今盛んに提唱されているのがフレイル対策です。まずはフレイルについて乾先生にわかりやすく解説していただきました。
「フレイルとは、虚弱を意味する『frailty』からきている言葉で、加齢によって筋力や心身の活力が低下した病態です。具体的には、足腰の筋力が衰えて、歩くのに杖が必要というイメージですね」先生は続けて、フレイルについて、分かりやすく3つの要素で説明してくれました。
・認知機能の低下やうつから起きる『精神・心理的フレイル』
・歯や口の衰えから起きる『オーラルフレイル』
・独居や閉じこもりを背景にした『社会的フレイル』
「フレイルとは、このような要素が含まれており、高齢者が陥りやすい心身の虚弱を多面的に表した概念」
そして、「高齢者におけるフレイルの発症率は、70歳代では20%程度、80歳以上になると35%近く。75歳から一気に増加する傾向があります」と驚きのお話。 (出典:日本老年医学会誌2015;52;329-335)
多くの高齢者はフレイルを経て要介護状態へ進むと想定され、フレイルを予防することが健康長寿へのファーストステップになると考えられるわけです。
フレイルチェック
自分は大丈夫だろうか…と不安に思う方は、まずはフレイルチェックを。乾先生にチェックポイントを教えていただきました。
□体重減少
□疲労感
□歩行スピードが遅い(青信号の間に横断歩道を渡りきれない)
□筋力の低下(買い物したものを運ぶのが大変
瓶のふたやペットボトルのキャップがあけられない など)
□身体活動の低下(人と接する機会が減った 定期的に運動していない など)
3つ以上当てはまる方はフレイルの可能性があり要注意とのこと。
フレイル予防に総合的な効果をもたらすのは運動
そして、フレイルを予防するために何をすれば?の質問には「総合的な効果が高いのは、運動といわれています」とのお答え。「もちろん運動だけが入口ではないのですが、運動をすることによって筋肉が増え、骨格筋機能も向上します。そうなるとあちこち自分で行けるようになるので、引きこもって孤立するのを避けられます。釣りに出かけたり、畑仕事ができたり、友だちにも会えるし、非常に楽しいです」と乾先生は力説します。
運動がもたらす心体への刺激は、体力面にも、精神面にも、社会的な面にも寄与が大きいとおっしゃいます。加えて「動けるようになれば、自分の活動範囲が広がります。それは認知症予防にもとても良いことなのです」とも。ただし、「ケガをしないよう、ストレッチなどを取り入れながら無理のない範囲で行うことが大切」とも付け加えられました。
漢方薬をうまく使うことも有効な手段
「多彩な病態に1剤での対応が期待される多成分系の漢方薬をうまく使うのも一策」と乾先生はおっしゃいます。飲む薬の量や種類が増えがちな高齢者にとっては、1剤で複数の症状をフォローできるのであれば、とてもありがたいことですね。
「たとえば『人参養栄湯(にんじんようえいとう)』には、12種類の生薬が入っています。ひとつの生薬にさまざまな成分があり、成分そのものの作用だけでなく、おそらくはいくつかが一緒に作用する機構があり、フレイル全体の改善が期待できると私は考えています。実際に、高齢者の全身状態の改善事例が多く報告されているのですよ」と乾先生はおっしゃいます。
また、フレイルには、動けなくなる→孤立する→うつになる→認知機能に問題が生じる→さらに動けなくなるといった具合に、悪循環で症状が進行していく特徴があり、「悪循環遮断への期待という面でも、漢方薬を評価しています」とのこと。そして「『人参養栄湯』は滋養して気血を補うほか、精神面にも寄与する処方ですから、漢方は個人個人の病態に応じて…という考え方はあるものの、フレイル全体の病態を考えた場合に適切という感覚を強く持っています」と続けられました。
現役世代から健康寿命への意識とフレイル対策を
平均寿命とともに健康寿命も延びてはいますが、その差は縮まっておらず、前述の通り、国もフレイル対策に乗り出すほど。そんな中で、これからは地域と連携をしながら体制づくりを推進していく必要があるというのが乾先生の考えです。「医療機関で診断がつく一歩手前の段階から、栄養相談・指導、運動機会の提供、カウンセリングといった形でサポートできるような体制ですね。そして疾患が入ってきたときに医師が介入する。家族や病院がすべて行うことは難しいでしょうから、地域がそのような包括的で広範なシステムづくりをしていかなければ」
乾先生も、ご自身が中心となって、漢方製剤を用いた高齢者医療の更なる発展に寄与することを目的に2016年11月に「フレイル漢方薬理研究会」を発足させ、多彩な活動に取り組まれています。「何より大切なのは、現役世代からの意識と対策。自分のカラダを守るのは自分なのですから」というお言葉。確かに、どんなに国が力を入れようと、体制が整おうと、自分で意識して取り組まなければ結局は“絵に描いた餅”になってしまいます。
ただ長生きするのではなく、健康で長生きをするために。まずは、今できることから始めてみましょう。そして、始めたら、次は続けていくことを目標に。“カラダづくりは一朝一夕にしてならず”。できるだけ早くから自分のカラダに責任を持ち、セルフケアを続けることが、健康長寿への確かな道です。
鹿児島大学医歯学総合研究科 心身内科学分野 教授 フレイル漢方薬理研究会 代表世話人 乾明夫 先生 |