PROJECT STORY
100億円ブランドができるまで
2006年に発売されて以降、群雄割拠のシャンプー市場で独自の存在感を放ち続けてきた『いち髪』。2015年にはシリーズで年間売上100億円を突破するなど、その進化はまだまだ止まらない。だが、デビュー直後には大きな壁に直面した時期もあった。なぜ『いち髪』は国民的なシャンプーの地位にまで上り詰めることができたのか。この商品に携わってきたクラシエ社員は、「商品に力があった」と口をそろえる。商品力とは一体何のことだろう。いまやクラシエの主力商品にまでなった『いち髪』の歴史を辿りながら、クラシエが考える商品力、そして商品に込められた情熱について解き明かしてみよう。
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研究
ビューティーケア研究所 第2研究部
担当者A -
マーケティング
ヘアケアマーケティング部
担当者B -
購買
生産・購買部
担当者C -
営業
東京支店
担当者D
日本人に、日本のシャンプーを。
1991年に入社した研究開発の担当者A(以下「担当者A」)がはじめてマーケティングチームから「日本人の黒髪用のシャンプー」という企画を聞かされた時には、「これだ!」と直感に近い感覚を覚えたという。2000年代初頭、シャンプー市場は外資系ブランドが席巻しており、服やバッグやアクセサリー同様、日本人女性は西洋への憧れを持ってシャンプーを選択していた。日本メーカーであるクラシエがそこに風穴を開けるには、確かに「日本人を知り尽くしたシャンプー」をつくるというのは理にかなっている。
まず、担当者Aら研究所のメンバーは、日本の伝統的な洗髪方法について調べることからはじめた。「文献を調べたり、博物館に足を運んだり、まずは情報集めをしました。温故知新ですよね。そこから、平安時代に『ゆする』と呼ばれる米のとぎ汁を用いたお手入れ方法があったことを知ったんです」と担当者Aは当時を振り返る。研究所で検査してみると、実際に「ゆする」は髪のツヤに効果的という結果も得られた。「昔の人はすごいなあと皆で感心しました」。その他、「ヒオウギ」「米ぬか」「ツバキエキス」など、日本伝来の植物も髪の手入れに使われていたことがわかり、「和草プレミアムエキス」として成分を調整。さらに圧倒的な使用感を実現するために、既存の洗浄剤や調整剤もゼロから見直したという。「テーマは『感動シャンプー』をつくることでした。膨大な成分の組み合わせを試しましたが、最終的には、かつてない指通りを実現する処方にたどり着きました」。
伸び悩んでも信じ続けた原点がある。
メンバーは、この新商品を平安時代の美人の代名詞だった「一髪、二姿」にちなんで『いち髪』と命名。販売スケジュールを具体化しようとしていた矢先、競合他社から「アジア人」「日本人」を意識したシャンプーが相次いで登場した。デビュー直後から爆発的なヒットを期待していた『いち髪』は、激しい消耗戦を繰り広げなければならなくなる。当時、他ブランドの商品開発をしていたマーケティングの担当者B(以下「担当者B」)は、隣の『いち髪』担当者たちの激闘をよく覚えているという。「商品の使用評価は高いのになかなかシェアを奪えないのは、相当な悔しさだったと思います。CM予算も大幅に削減され、一時期はブランド消滅も意識していたはずです」。
だが、彼らは『いち髪』を信じた。パッケージのロゴをローマ字の『ICHIKAMI』から『いち髪』に変更し、とにかく一度でも人々に使ってもらえるよう、大量の試供品を街頭で配った。地道な活動が身を結び、関西ローカル番組で商品を取り上げられたことがきっかけで、商品の良さが広く知られることとなり、やがて全国へとブームが波及するのである。「商品の良さを実直に伝えるという原点に立ち返ることの大切さ。今になっても学びは多いです」。
ただ売り上げだけを目標にはしない。
その後、『いち髪』シリーズはシャンプー、コンディショナーにはじまり、トリートメント、パックへと多品種展開を強化。アウトバス商品なども拡充し、2015年には大台の年間売り上げ100億円を突破することになる。ちょうどその年にヘアケアブランドを統括するポジションに就任した担当者Bは、次の時代に向けた『いち髪』のビジョンを模索することになる。「単に売り上げ拡大のためにやみくもにシャンプーのシリーズを追加していくのではなく、ブランドファンを増やしたい。スタイリング剤や洗い流さないトリートメントなどの他のカテゴリーから入ったユーザーが、主軸のシャンプー&コンディショナーも使ってくれるような流れを意識しています」。
スティック型のスタイリング剤を出した際には、その後の併売までユーザーを誘引するカスタマージャーニーを描き、単品アイテムのCM制作にも踏み切った。また、空前のボタニカルブームに応え、プレミアムライン「ナチュラルケアセレクト」も発表。どちらも快調な売れ行きを見せており、戦略は当たっている。担当者Bは強調する。「いち髪は、商品のパフォーマンス、ユーザーにとって大切なことは何かを第一に考え、それを様々なアプローチで発信してきたので、独自のブランド価値と独自のポジションを築き、競合がひしめく激戦市場のなかでも順調に成長してこられました。これからはそうした資産を次の世代に継承していきつつ、さらに進化させていくフェーズだろうと考えています」。
ラインナップの増加、その裏側で。
一方、多品種展開になって一気に業務量が増えるのが、資材調達である。生産購買部で包材の購入を一手に任されている担当者Cは2006年入社。まさに『いち髪』がデビューした年の入社だ。「ボトル、詰替用パウチ、エアゾール缶、ガラス瓶…。生産に使用する容器を調達するのが私の仕事なのですが、とにかく種類も多く、仕入先も多い。ピーク時には50を超す国内外の仕入先と価格や数量、納期の交渉をしていました。2015年に『いち髪』は100億円の売り上げを達成しましたが、配布サンプルやミニボトルなどを合わせると容器は実に45種類にのぼりました。現在ではさらに増えています」。クラシエ社員として『いち髪』がシェアを拡大することはこの上ない喜びである。と同時に、資材の納期把握やスケジュール管理は、ジグソーパズルのように難解なものにもなっている。
「気をつけなければならないのは、第一が欠品です。容器の調達スケジュール予測が実売とズレれば、結果、店頭に商品が並ばないこともあり得る。東日本大震災の時には、東北に拠点を置く仕入先も多かったため、本当に大変でした。急場しのぎで代替パーツを使って出荷した商品もありました」。もうひとつ大事なのは、「在庫管理」だと担当者Cは言う。「パッケージリニューアルなどがあれば在庫の容器は処分せざるを得ず、その額も大きい。どの時期にどの程度売れる見込みがあるのか、社内で密なすり合わせをし続けています」。資材調達は縁の下の力持ち的な存在だが、欠品もなく在庫を抱えすぎない「ちょうど良い」生産体制を構築できていることに、担当者Cは少なからぬ誇りを持っている。
「made in Japan」の品質を、
訪日外国人へ。
いまやクラシエの屋台骨となった『いち髪』を、アンカーとして店頭まで運ぶのが営業だ。2015年に広域中央支店に異動になった当時の営業担当者D(以下「担当者D」)は、大手ディスカウントショップの担当になった。スーパー、ドラッグストアを猛追し、いまやヘアケア製品の主戦場にまで躍り出た販売店だ。店内には所狭しとさまざまな商品が並び、棚の間を行き来する消費者の中には、中国人をはじめとしたアジア人も多い。インバウンド需要を実感したと担当者Dは語る。「『いち髪』はまさに日本生まれの日本育ちということで、『made in Japan』の品質を訴求しやすい商品でもあります。そこで私たちはSNSを活用して、中国人インフルエンサーに『いち髪』の購入から使用までをライブ配信してもらい、訪日前の刷り込みを行っています」。
当然のことながら、日本人客に対するプロモーションにも余念はない。桜の時期にはいち髪の特徴である「桜の香り」を切り口とした消費者キャンペーンを開催。また、それと連動し、PB商品であるボックスティッシュにブランドロゴを入れた「いち髪パッケージ」を作成し、普段、『いち髪』を使用していない層にリーチする施策を実施した。こういった販売店独自の施策を繰り返す事で競合の中で揺るがない地位を維持し、次なる取り組みに向けてはオリジナルの商品開発なども目指しているという。「ここまで大きなブランドになったために、『いち髪』は失敗が許されない。実はそこに対して、私なりに課題も感じています。もちろんブランドイメージは大事。でも、挑戦に次ぐ挑戦でいまのポジションを獲得してきたわけですから、今後も攻めの姿勢は必要です」。
『いち髪』が背負うもの。
『いち髪』の現在地はどこにあるのか。再び『いち髪』の担当者に戻った担当者Aは、こう言う。「発売当初から愛用してくださっているユーザーは、『いち髪』と同じように年を重ねています。長い目で見た時に、さらに若い世代からも愛されるような商品ストーリーを、もう一度練り直すべき時期かもしれません」。担当者Bが話を引き継ぐ。「今後はいち髪を通じて社会貢献に目を向けていく必要がある。また将来的には、日本以外の市場も視野に入れる日が来るでしょう。やるべきことはまだまだ沢山ありますね」。
参入障壁が比較的低いとされるシャンプー業界には、毎年いくつものライバル商品が登場してくる。その熾烈な戦いはこれから先も続くだろう。商品力という単語を因数分解してみると、技術力、開発力、紡ぎ出される世界観など、いくつもの因子が抽出できる。現在、『いち髪』が展開している広告では「私でいいのだ。」というキャッチフレーズを使用している。消費者を強く肯定するメッセージを発信し続けるために、その裏側で、『いち髪』ブランドに携わるクラシエのメンバーは常に「これでいいのか?」と反芻しなければならない。だが、ある時には原点に返り、そしてある時には一歩踏み出すことで、世の中に新しい価値を問うことが『いち髪』の背負った運命でもあるのだ。