風邪の季節がやってきた。しかし、コロナ禍の今年はその緊張感が例年とは違う。うっかりひいてしまった風邪が引き金となって、重大な感染症につながる恐れがあるからだ。そうならないためには、風邪をひかないための体づくりが欠かせない。筋トレやスタミナ食で体を鍛えるのではなく、「粘膜免疫」を鍛えることが健康の第一歩になる。その具体的な強化の方法を見ていこう。
粘膜免疫の中でも代表的な物質が、「IgA抗体」と呼ばれるもので、ウイルスなどの病原体やアレルギー物質にくっつき、その動きを鈍らせたり止めたりして体内への侵入を阻止している。みえ呼吸嚥下リハビリクリニック院長の井上登太さんが解説する。
「粘膜の細胞は数日で入れ替わり、IgAも一緒に入れ替わります。しかし、栄養素が不足すると充分な代謝が行われなくなる。すると粘膜の活動が鈍くなり、IgAなどの免疫抗体も減少します」
IgAは唾液や腸などに多い物質だとわかっている。神奈川歯科大学教授の槻木恵一さんは、「お腹の調子を整えることは、結果的にIgAを増やすことにつながる」と話す。
まず、欠かせないのは食事だ。きちんと食事をし、ビタミンやミネラル、糖質などの栄養素を不足させないことが大切だ。
「『腸-唾液腺相関』といって、腸と口腔内の免疫状態には関連性があることがわかっています。腸内環境がよければ、腸管粘膜の免疫力が高まっていることはわかりやすい。ところが、それだけでなく口腔内の免疫力も自然と高まり、全身の免疫力が高まるのです」
腸内環境が整った状態は、便通がスムーズであることを基準にするといい。毎日の食事は、腸にいいものを意識したい。
「食物繊維を多く含む野菜や果物、納豆やヨーグルトなどの発酵食品は腸内環境を整えます。おすすめは、発酵食品の成分『プロバイオティクス』と、食物繊維の成分『プレバイオティクス』を混ぜて『シンバイオティクス』にすることです」(槻木さん)
たとえば発酵食品の納豆と食物繊維が豊富なアボカドといった組み合わせで食べると、より効果的だという。同様に、ヨーグルトとバナナというコンビもいい。米ボストン在住の内科医、大西睦子さんは「良質な脂」の摂取をすすめる。
「さばやいわしなどに多く含まれる『オメガ3系脂肪酸』は、過去の研究からも腸内の免疫に有益だとわかっています」
一方で、粘膜免疫を低下させる食習慣もある。井上さんは「食の欧米化」に警鐘を鳴らす。
「高脂血症、高血圧、糖尿病の3大生活習慣病を招きやすい肉中心の高脂肪食はマイナス。IgAの量を著しく減少させます。さらに、現代人は野菜を食べなくなり、食物繊維の摂取量が減っている。カット野菜などを好む人もいますが、加工の段階でビタミンなども含めた栄養素が抜け落ちていることを忘れないでください」(井上さん)
体内の“水際”である鼻や喉からのウイルス侵入を防ぐには、唾液量を増やすことも効果的だという。槻木さんが解説する。
「咀嚼回数を増やして唾液量を増やせば、そこに含まれるIgAの量も増えます。調理時に大きめに食材を切ったり、硬い食材を取り入れるなど、咀嚼回数が自然と増える工夫をしましょう」
食後は歯磨きも忘れずに。虫歯予防だけではなく、粘膜免疫を良好に保つために有効だ。
「汚れた口の中で細菌が増殖すると、IgAがそれらの細菌にも反応してしまい、機能を使い果たしてしまう恐れがあります。舌につく『舌苔(ぜつたい)』も細菌の塊なので、専用のブラシなどで定期的に取り除いてください」(槻木さん)
食事以上に重要なのが運動だろう。運動によって腸の動きや、気道から異物を排出する「線毛運動」が活発になる。
「体温が上昇して血流がよくなると、免疫アップに必要な栄養素や酸素が全身に運ばれやすくなります」(井上さん)
ただし、やればやるほどいいわけではない。適度な運動量をオーバーすると、逆効果になることもある。大西さんが指摘する。
「短い時間に高強度の運動を行うと、免疫の機能が抑制されてIgAの分泌が減ることがわかっています。また、アスリートは競技直後に呼吸器系の感染症が増えるのですが、激しい運動による免疫の低下が関係していると考えられています。理想は1日30~60分程度のウオーキングやストレッチなどの軽い運動を継続することです」
筋肉痛を起こすほどハードな運動をする必要はない。
「ストレスをためると血流が悪くなり、充分な栄養や酸素の運搬が阻害されて、IgAなどの働きが低下します。50代以下で激しい風邪をひいたことがある人を対象にした報告があり、風邪をひいた回数とその年に起こった出来事を調査しました。すると、風邪をひく回数が多い人は、そのタイミングに就職や転勤、配偶者との死別など、精神的にストレスとなる出来事がありました」(井上さん)
コロナ禍で増えた巣ごもり生活も、ストレスになる環境であれば免疫力の低下を招くかもしれない。
さらに、子供たちは外で遊べないからと家の中ばかりにいると、粘膜免疫が弱くなる恐れがある。
「近年、アレルギー性皮膚炎や喘息の患者が増加している理由として、清潔な環境で過ごす時間が増えたことが指摘されています。ウイルスや細菌に触れる機会が減少すると、粘膜免疫の機能が低下します。そこへ、何かのきっかけで多量のアレルゲンに触れると、アレルギーを発症してしまうリスクが高いのです」(井上さん)
コロナ禍のいまは難しいが、外で遊んでさまざまなウイルスや細菌と触れ合うことで、粘膜免疫は鍛えられる。
常服薬がある人も要注意。普段のんでいる薬が粘膜免疫の妨げになっているかもしれない。
「高齢者は胃酸をおさえる薬を常用している人も多いですが、薬によって胃酸の状態を中性に近い状態に保ち続けていると、胃酸で殺菌されていたはずの菌が胃の中で繁殖を始めます。さらに抗生物質を多用していると、薬が効かない薬剤耐性菌ができることもある。その耐性菌が胃から喉や腸に流れると常在菌とのバランスが崩れ、粘膜免疫の働きを阻みます」(井上さん)
高齢者に多い誤嚥性肺炎は、こうした菌が原因となることも少なくない。井上さんが続ける。
「基本的に、肺は無菌状態を保っています。しかし、口の中で増えた菌や胃から逆流した菌が肺に入ることで肺炎にかかってしまうのです」
体調を崩してから回復する力ももちろん重要だが、緊急事態であるいまは粘膜免疫を高め、病気そのものを遠ざける方が安心だ。
「風邪やインフルエンザにかかると、治るとはいっても体力を消耗します。ですが粘膜免疫は病気にかかる前に防ぐので、体に負担をかけないところが素晴らしいのです」(井上さん)
回復より防御。それを意識すれば風邪知らずの冬が過ごせそうだ。
みえ呼吸嚥下リハビリクリニック院長・井上登太さん、神奈川歯科大学教授・槻木恵一さん、米ボストン在住の内科医・大西睦子さん
※女性セブン2020年11月26日号
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この記事は、小学館『介護ポストセブン』(初出日:2020年11月27日)より、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。